南部鉄器の歴史

岩手県の盛岡市と水沢市の二つの地域をのぞむ岩手山から産出される良質の鉄砂は、十七世紀の中ごろに当時の南部藩により鉄釜として使われ、後の「南部鉄器」として広められました。

 

宝暦年間(1751年から63年)のころには、武士や文人の間で、土ぴんが盛んに使われていましたが、三代目小泉仁左衛門という人が、茶釜を少し小さめにして、それにつると注ぎ口をつけたものをつくりました。

 

これが鉄ぴんの始まりといわれています。

 

南部鉄ぴんは、独特のサビ止め技法があり、「南部鉄ぴん金気なし」といわれて人気があります。

 

現在も、昔ながらの伝統的な技術を受け継ぎながら、鉄ぴんや茶の湯釜などが、一つ一つ手づくりで造られ、風鈴、灰皿、花器などの日用品も加わり根強い良い人気を保っています。

 

南部鉄器」の代表、鉄ぴんは、アルマイト製のやかんなどに比べてずっと冷めにくく、しかも半永久的に使えるのが、すばらしい長所といえるでしょう。